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二胡の最初

 

1、最初に陶磁器の二胡を製作したのは?

1991年、景徳鎮の陶磁器製造業者が、16品種18個の楽器を製作し、陶磁二胡は景徳鎮青花瓷芸が、全てハンドメイドで作製。その音色は金属的な美妙なる響きであったと言われている。

2、最初にガラスの二胡を製作したひとは?

 包頭市東河区の個人経営者馬可夫氏が、1990年代にガラス製で琴皮がプラスチック
の二胡を製作。5年間に30本以上のガラス製二胡を製作している。

3、最初に二胡を製作販売した場所は何処?

 それは、蘇州。蘇州は中国民族楽器製造業の発祥の地です。

 その楽器製作は、戦国時代にまでさかのぼります。南宋時代にはすでに楽器工房が生まれ、家内業から専門工房に発展し、楽器工房街が出現しています。

 清康熙年代が、蘇州の楽器製造業の最も繁栄した時期で、中国全土に名を馳せました。主なる楽器は、胡琴を初め、鼓、笙、笛簫など。

4、最初に現在使われている琴頭(月弯頭、回紋頭)の考案者は?

 1930年代に著名な演奏家の蒋風之氏が設計し、周万春楽器店の民族楽器製作師周栄庭氏に製作を依頼した。この二胡を革命前までは、“蒋氏南胡”と呼ばれていた。

   注)月弯頭、回紋頭の写真添付。蒋風之・周栄庭は「二胡列伝を参照

      
       (回紋頭)                        (月弯頭)   

                    
5、最初に中胡・大胡を開発・製作したのは?

 著名な民族楽器製作師周栄庭(1907~1975年)。

 1930~40年代に蘇州呉平国楽団での活動時に、中音部表現強化の必要から中胡を開発し、 演奏するようになった。同様に低音部の空白を埋めるために羊皮で大胡開発した。

6、最初に琴托を開発したのは?

 1970年前後に、蒋風之が二胡競技会に参加するために開発。

 二胡にこの琴托が付けられることにより二胡が膝に安定し、弦を押さえ・移動する左手の動きが容易になり、且つ力強くなり、演奏技術向上に大きく貢献した。

7、最初に二胡の金属弦を開発したのは?

 張子鋭氏と張韶氏。1949/50年に両氏共同で二胡の金属弦を開発。

 当時は、絹糸を縒った弦が使われていたが、音量が小さく音程が定まらず、すぐに断線する等の欠点があった。当初は、民族楽器の伝統を損なうものとして、抵抗や反対もあったが、鋼弦の利点は歴然で60年代には、全国に広まり鋼弦が常識となった。二胡の楽器としての質向上に大きく貢献した。

8、最初に“油煎馬”を開発したのは?

 二胡製作師王瑞泉氏。(二胡列伝参照)
 他に“楕円棹”の開発など数々の二胡改良に貢献した。

9、最初に二胡の弦調整ネジ付弓の開発は?

  張子鋭氏

  1960年前後に弓の弦の張りを調整できる現在のようなネジ式弓を開発し、あっという間に全国に普及した。



          (従来の弓) 


          (現在の弓) 

                          

10、最初に二胡の弦を調整する銅軸(直行銅軸)を開発したのは? 

 張子鋭氏張韶氏
  この開発により、弦の微調整が簡単に出来るようになった。

11、最初に高胡を開発したのは?

 呂文成氏(1898~1981年)。

 1920年代にバイオリン奏者でもあった呂文成氏は、バイオリンの師の助言と協力のもと、伝統の二胡より棹を短くし、外弦に鋼線を使用して4度から5度高い二胡の改良に成功する。

  この二胡使用により、広東音楽の演奏域が広がり、粤劇に広く使われるようになり粤音楽中で中心的楽器となった。1950年代になって外省の音楽家たちが、この高音二胡を“高胡”と呼ぶようになったが、広東の民間人は“南胡”と呼んでいた。

  1977年に著名な高胡演奏家 劉天一が“高胡演奏”と銘打って演奏会を開くようになって、広東人も徐々に高胡と呼ぶようになり、現在では全国で高胡と呼ばれるようになった。





 

 

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