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二胡の名称

 

 「二」は、二弦を表していることご承知のとおりです。

  二弦の弓弦楽器は中国内だけでも数十はあると云われており、隋・唐代では、古代北方・西域少数民族の弦楽器(琵琶等も含め)を総称して「胡琴」と呼称されていたようです。

  中国の北方及び西方の少数民族やペルシャ、ウズベキスタン、キリギスタン、アフガニスタンなどの西域の国々を総称して、「胡」と呼び、彼らが使う楽器や音楽、舞踊、人、衣服、野菜など全てに「胡」の文字を冠していました。
  (例えは、胡楽、胡舞、胡人、胡服、胡椒、胡麻、胡瓜、等など)

  二胡の原型と言われる「奚 琴」は、唐代に出現した、東北地区の奚族の楽器と言われています。宋代になって「稽 琴」と呼ばれ、最初は竹片で弦を摩擦して演奏していたが、1080年頃の北宋では馬の尾を使った弓を二弦の間に入れて演奏する方法が確立されていたとの記録が残っています。

 南宋に入ると現杭州・蘇州の絹の弦を使った胡琴が流行し、宮廷での演奏や独奏など演奏技術も向上しました。元代に入ると、南方の少数民族と中原文化の交流・融合、さらには蒙古族の弦楽器の特徴を吸収して、現在の二胡により近い形になったようです。

 二弦弓弦楽器は、中国の広い範囲使われ、それぞれの地域で色々な名称で呼ばれていた。いつから二胡と呼ばれるようになったか、記録は見当たらないが、恐らく1900年前半に現在の二胡練習曲や独奏曲、合奏曲を作曲し、さらに演奏技術を向上させ、楽器改良をも進めた音楽家の劉天華、阿炳等によって二弦楽器の主流となり、いつからか二弦楽器を代表する二胡と称するようになったと推測されます。それまでは「南胡」と呼ばれていたようです。

 1950年頃に、従来の絹製弦から鋼線弦が使われるようになり、二胡曲の作曲も盛んになった。それに伴い広い音域幅が求められ、二弦弓弦楽器は、京胡、高胡、板胡などの高音域楽器や二泉二胡、申胡、中胡、大胡といった低音域楽器が普及しました。また美しい音を求めて改良が試みられ、琴胴の形状を丸、楕円、扁六角、扁八角、に変えたり、胴の材質を銅、ガラス、プラスチックなどに変えたりと、現在でも二胡改良が盛んに進められています。

 

 

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